7月28日に成田を出発、日食としては2002年のテニアン島以来6年目、皆既日食では2001年のザンビア日食以来7年目の観測旅行に出かけた。企画は僻地の学術調査を専門とする国際Kサービスという聞いたことがない会社だった。しかし昨年のリビア日食で100人を超えるツアーを組んだ実績というので申し込んだ。もっとも2月中の申込みだと早割りが効くのも魅力だった。
観測地は哈密(ハミ)から300km近く北へ移動したモンゴル国境に近い砂漠の中の軍用地でのキャンプであった。とにかく辺鄙なところで、大半をバスによる長距離移動に時間を消費した。成田から韓国インチョン経由、烏魯木斉(ウルムチ)に夜に着いて、すぐに敦煌に移動。30日は一日観光を楽しむことが出来たが、31日には哈密(ハミ)に向けて、一日480kmのバス移動。本当にどこまで行っても何もないフラットな地形というものが存在することがいやというほど良く判った。せめて高速道路でもあればと思うが中国は広すぎる。予想どおりトイレ事情はまったく良くない。北京オリンピックの開催1週間前だというのにそんな雰囲気もない。もちろん日食があるような情報はどこにもない。
当日1日は朝の6時にハミを出て観測地まで向かう。日食は現地時刻18時過ぎからなので、十分に時間がありそうだが、途中の巴里坤(バリコン)で公安局に寄って軍用地への入境許可をもらわなければならない。近くのホテルでトイレ休憩。小さなホテルだが新しいきれいなホテルだった。ここに日本旅行の観測ツアーが泊まっていたが、ようやく日食のポスターを見ることが出来た。ここで、パトカーを先頭に、観測地に向かう車が集合させられ、隊列を組んで順番に出発した。
合計20台くらいのうち、バスが5台くらいで後は乗用車にオフロードカー。警察が先導するので、スピードはぐっと落ちて、到着が相当遅れそうだと気になった。途中で検問があって全員バスから降ろされ、手荷物検査を受ける。状況を写したかったが撮影禁止で没収されては困るので控える。GPSのスイッチを入れたいと思ったが、ヨーコに注意され止めた。抜き打ちで軍人がバス内に残された荷物をチェックに乗り込んできた。何人かのスーツケースを開けるように要求される。GPSはカバンでなく、ペットボトルのホルダーの底に隠した。一体これからどこに誘導されるのか、観測地はどこなのか全く分からないミステリーツアーだった。実際、走っても走っても変わり映えがなく全然着かない。
予定より2時間くらいは遅れているように思う。軍用地でもあり何も標識がなく、ときどき兵士が警戒している姿を見るようになった。道路も途中から地道になって、ボコボコの荒地の中をすごい砂煙をあげながらパリダカールラリーのように疾走する。
突然、遠くに車とゲートが見えた。広大な土地にロープが張ってあり、ここが観測地らしい。我々のバスは一番奥に止まった。さすがに一般の人間はいないし、観測エリアは広大で、テントまで数100mはあり、重い機材を運ぶ必要がある。結局は車で運んでくれたが、気の毒に車は砂地に負けて動けなくなってしまった。ようやく2時間まえくらいから準備にかかれるようになったが、今度は暑さに負けそう。テントの中でも40℃以上あり、外は50℃を超えていた。
出発前に磁北を調べておいたが、殆ど真北でやや東に1度近く振っている。今回初めて日食に赤道儀をもって来た。皆既時間が短くので、いちいちカメラに入れなければならないのはミスの元だからである。体制はヒロシがデジカメ300mmで5分間隔、ヨーコがフィルムカメラ400mm10分間隔で、それぞれ部分食から、ダイヤモンドリング、コロナを撮る予定。第一接触が18時07分、第二接触が19時06分。太陽高度は20度と低いが360度何もない平原なので、意外と高い。ところどころ雲が浮かんでいるが、雲量は少ない。部分食が1回薄雲に邪魔されたが、第二接触までは順調だった。いよいよ太陽が細くなり、そろそろダイヤモンドリングの出現かとフイルタを外そうと思った瞬間、悲劇は起こった!
気温が低下し、あたりが暗くなり細い太陽がギラギラしてきた途端に、皮肉にも小さな雲が太陽を隠した。普通なら大歓声が起きる一瞬に、漏れてきたのは恨みの叫びと溜息だった。それでも何とかコロナが現れてこないかと撮影しつつ、一瞬に期待を寄せる。夕焼けがせまり金星、水星が見える。1分経過、刻々と秒が進む。しかし、奇跡は起こらなかった。第三接触となり雲を通して急に太陽が明るくなって空の明るさが回復した。
ついに人生で初めて曇ってしまった。しかも何と皆既中の2分間だけ雲が掛かってしまったのだ。悔しくて、その後は、無気力に。
何のために高い金を払って、時間をかけてこんな遠い所へやってきたのか。
一応、復円に至る部分食も撮影するが、惰性のまま。ヨーコはフテ腐れてテントから出て来ない。
この夜はテントで寝ることになるが、1cmの断熱マットを敷いても地熱で背中が焼ける。
折角人工灯火のない平原に来たのだから、星夜を楽しもうと撮影の準備をした。ところが、キャンプ地のすぐそばであったため、料理番のスタッフが発電機を持ち込んでいて、わざわざ白熱電灯をつけて照らしている。ツアーの一行は日食を見に来たのには違いないが・・。必ずしも天体撮影のために来た訳じゃない。平気で懐中電灯をつけて歩き回るし、撮影中のカメラを照らしたり、散々な状態だった。テントは暑いが、別に外の夜風が涼しいわけではなく、熱風が吹いていた。
もちろん、銀河は濃く、北極星が高い。北緯44度で稚内と同じ。北斗七星の下方通過が楽々見れる。宇宙科学ステーションが金星ほどの明るさで南下するのを目撃した。流星も多く見ることが出来た。残念ながらデジタルもフィルムも星野写真は失敗していた。日食の失敗が原因し、やる気が出なかったためか。テントに寝転んで夜1時頃まで星空を眺めていた。
 第2接触直前のダイアモンドリング |
 第3接触直後のダイアモンドリング |